目次へ





私の人生観1                20231231 

私は、今から14年前57歳の時に肺がんを体験しました。

それまで仕事を通して、国内、海外でのプロジェクトの立ち上げやクレーム処理でお客様と向き合う生活を送って来たことで、自分ながら肚は座って

いると自負しておりました。肺がんを告げられたときも、正面から対峙し医師に任せようと落ち着いて対応することができておりました。

右の肺の上部1/3を摘出する手術は無事終わり、体中に刺さっていた管も3日で外すことができ、術後2週間で退院となりました。

昔と違い肋骨の骨を切断することなく、肋骨の間を開いて手術するものですから、入院期間もとても短く済みました。

先日、同様の手術をした人の話によると、手術後の入院期間は5日に短縮されているそうです。入院しているより日常生活で動くことのほうが治りには

良いそうです。

それから、術後抗がん剤の治療をすることになり毎月2回腫瘍マーカ値CEAを調べることになりました。マーカ値は術前10あったものが、手術で3.0

まで下がりました。ところが抗がん剤治療を始めて半年くらいするとだんだん上がってきたのです。

医師に再発したらどうなるのですかと聞くと、再発するとステージ4になり、残念ですが余命2年ですと告げられました。

手術時がステージ1Bでしたので、次はステージ2ではないのですか?と聞くと。がんの場合は再発したらステージ4つまり末期がんなのですと

教えられました。

それからは毎月のチェックで調べることで、マーカ値が5から6へ、6から7へと上がるたびにマイナスの暗示が入ってくるようになりました。

再発したら余命2年が頭の奥に張り付いて離れなくなりました。

月に2回の抗がん剤処方の前に、腫瘍マーカ値CEAの検査をするわけなのですが、血液を採って結果が出るまでの1週間はまさに死刑執行を待つ身

のような思いをさせられました。結果の報告が死刑執行の宣告されるような思いになり沈んだ気持ちで過ごす毎日でした。

毅然としていたはずの心がいつの間にか、弱弱しい心になっているのが自分でもよく分かりました。

こんなにもあっけなく心が弱くなってしまうものなのかと愕然としました。

よく鬱になる人を見ていて、どうしてそうなるのと思っていたのが、わが身に降りかかってみるとそれがよく分かる気がしました。

時を同じくして手術を機に天風会に入会させてもらいました。

そこで教えてもらった、観念要素の更改法を本当に真剣にやりました。

しかし、腫瘍マーカ値検査で入ってくるマイナスの暗示が大きくて、観念要素の更改で寝がけに「お前病を気にしなくなる」をやっても、やっても病を気に

しなくならないのです。

1年以上続けたでしょうか、腫瘍マーカ値が手術前の10を超えてしまいました。かかりつけ医に残念ながら再発したとしか考えられませんといわれ、

最新のPETによる検査を受けることになりました。

結果はがんの兆候は見られませんというものでしたが、つかの間の喜びでした。

かかりつけ医にみせると、PETに映らない微小のがんもあるというのです。

これでは、どんな検査をやっても安心感は得られないではないかと思いました。

このまま抗がん剤治療を続けることになったのですが、当時の精神状態は何にも救いを求められない本当に消極的な状況になっていました。

今になって思うのは、天風会で教わった自己の本体は体でも心でもなく、霊魂だというのは理屈では理解していても、信念化までは至っていなかった

というのが当時の実情でした。




自分なりに打開策を見出そうという気になり、友人の医師の紹介でセカンドオピニオンを受けてみようと思いました。

がん専門のオンコロジーセンターに受診してみました。

現状の抗がん剤治療で気持ちが落ち込んでいる状況を説明しました。

そこで言われたのが、QOL(クオリィティ オブ ライフ)生活の質を向上させて、人生を楽しむことを考えるべきです。ということでした。

マーカ値が高くても、現在PET検査で何もなければ、定期の検査で観察することで様子を見ればよいとのことでした。

もし再発してもそれはそのとき考えればよいことです。

医療も日日進歩しており、良い薬もできる。

抗がん剤については、2年の効果は確認されているがそれよりのデータはないのだから、もう止めてしまってもよいです。掛かりつけ医にその旨書いて

あげましょうといわれました。

これは、とても強い後押しになりました。掛かりつけ医に見せると、それなら止めましょうということになりました。

それからは大きな病院で、半年に一回のマーカー値チェックのみをすることになりました。

観念要素の更改は続けていたものですから、効果は少しづつですが現れてきました。そう、よくたとえに使われるコップに墨汁の水を入れておき、

水道の蛇口から1滴づつでも水道の水をたらしておけば翌朝には澄んだ水になってしまうではないかというとおりです。

今までなぜ効かなかったといえば、水と一緒に墨汁も入れていたものですからいつまでも水が澄んで来なかったわけです。

不思議なもので半年に1回のマーカ値チェックでは10あった数値が5まで下がっているのです。気にするあまりの影響でマーカ値が上がっていたのかも

しれません。

ここで言いたいことは、抗がん剤治療はやるべきはないということではありません。やると決めたら医師にまかせて、半年に1回くらいのマーカ値チェック

でもよいのではということです。手の打ちようのないマイナスの暗示はそう頻繁に入れる必要はないということをお伝えしたかったわけであります。

併せて気づいたことは、観念要素の更改と並行して内省検討の大事さでした。

今の自分の心の状態がどんな状態なのかを観察することです。

「お前病を気にしなくなる」を毎日やりながら、自分の心を観察していると、丁度棒高跳びのバーを越えた瞬間のような時が突然にやってきたのです。

それからは潜在意識からマイナスの暗示が出てきませんから、まさに「病を気にしない」生活が送れるようになりました。

この体験をさせてもらったことで、天風教義の一番大事なポイントを教わった気持ちになりました。今後もいろいろな危機的状況に直面するかも

しれません。

しかし、潜在意識の中を積極に保っておけば、積極人生を歩んでいけるのだと確信いたしました。天風教義で教えている感応性能を積極化するという

のは、潜在意識を積極にする観念要素の更改法と、実在意識でマイナス要素をブロックしプラス要素を潜在意識に流しこむ積極観念の養成法と、

外乱からくるショック衝動を緩和する神経反射の調節法から成り立っています。日々の生活にどれもおろそかにせず取り組むことが重要なのだと

感じている次第です。

病院で肺がんの治療をしてもらっていて感じたのは、今病んでいるがんの部分については切除したり、投薬したりしてくれるのですが、何が原因で

がんになったのかだとか、どんな生活をしたら再発が抑えられるとか言ったことにまでは入り込んでくれないということでした。病院も患者が多すぎで

そんなところにまで手が回らないというのが実態なのでしょう。

がんの治療の中で大事な部分というのは、この原因の追究と生活習慣の見直しだと私なりに考えました。

そしてこれについては病院ではやってもらえないことがわかりました。

私の好きな誦句の一つに「幸福への悟り」があります。

この誦句の一節に 「全ての人間の身の上に起こった事柄は、みな自己自身が知らず知らずの間にその原因を作ったものであると考えて

これを正しく処理して生きることである」というのがあります。

心の立て直しだけでなく、自らの日常の習慣も見直していかねば結局また同じ病が発生すると考えました。

天風教義における因果律を自らの病に当てはめて考えました。

真人生の探求、錬身抄や天風講演録をはじめ世に言われている健康法も参考に今までの自らの生活習慣を振り返ってみました。




なんと愚かにも、こんなことも知らなかったと思わされることばかりでした。

次の5つが特に気づいた点でした。

1.       睡眠について

2.       食事について

3.       体温について

4.       呼吸について

5.       心の持ち方について

改めて説明させていだきます。

まず1番目の睡眠についてですが、自らの生きてきた学生時代、社会人として暮らしてきたなかで、睡眠の重大さなどに思いをすることは

ありませんでした。むしろ逆で私が若いころには大学受験に対して「4当5落」という言葉がよく使われていました。これは4時間睡眠くらいで勉強を

頑張れば大学受験に合格するが、5時間以上も寝ているようでは大学受験には受からない。という内容なのですが、当時はなんとなく「あーそうなんだ」

と考えていました。

社会に出ても、クレームで製品の作り直しになってお客様のところに1か月ほど時間をくださいと謝りに行くと、決まっていわれる言葉は「この工程は夜は

休む工程になっているではないか。一日は24時間あるのだから、24時間で対応する工程に作り直して持ってきなさい。」とよく怒られたものです。

そんな経験もしていたものですから、夜寝るのは悪いことなのだという意識がしみ込んでしまっていたのだと思いました。

そんなわけで夜の睡眠に特に気も払わず、テレビをつけたままやラジオを付けたままで寝ることもよくありました。

天風教義に出会って夜寝ることの重要性にあらためて気づかされました。

夜は心も体も天にお返しするような気持で眠り、寝ている間に悪いところを治してもらったり進化させるところを補強してもらったりするのだ。

幸福への悟りのなかでも「夜の時間こそは、わが生命が宇宙霊の尊い力と結び合おうとする時」という一節があります。

観念要素の更改法で潜在意識が浄化されるのもこの夜の時間なのだ。

そして朝の目覚めはまさによみがえりの瞬間なのだと聞いたときに、ああ自分の生き方は間違っていたなと気づかされました。

それ以来、夜は周囲を真っ暗にして、静かな環境で、心も体も天に預けるような気持で眠るように心がけています。そうすることで朝の目覚めの

清々しさを改めて感じている次第です。


2番目の食事についてです。

若いころから、国内、海外でプロジェクトに携わる生活をしていたものですから、外食の生活が多く、肉食などを主体とする生活でした。

結婚後も、毎食に肉を出してもらうように頼んで、朝はベーコンエッグ、昼は会社の弁当でとんかつやハンバーグ、夜はステーキとか焼肉という

生活でした。

そんな影響なのでしょうか40を過ぎたころから痛風を患うようになりました。

最初は1年に1度程度だったものが、50代では3月に1回くらいの割合で起こるようになりました。足の指が痛くとても歩ける状況ではなくなるのです。

薬でしのぐ生活だったのです。

天風教義に触れて衝撃だったのは、天風さんの晩年は、野菜、果物を主体とする生活で肉は一切食べなかったということでした。

講演録を聞いていても、ヨーロッパで贅沢三昧の生活していたのがヒマラヤに入り主食はヒエでおかずといっても芋やニンジンくらい、そして果物は

一杯食べられるという生活の中で不治の病と言われた奔馬性肺結核を治された話、肉は尿酸を増やし病の原因になる話、実に新鮮な気持ちで

聞かせてもらいました。

全く自分の生活にかけている概念でした。医者に肉はやめたほうが良いのでしょうかと聞いても、決してやめたほうが良いとはいいません。

「バランスよく食べることが大事」くらいの話でした。

自らの生活を反省する意味も含めて、肉をやめることを決意しました。

夫婦の食生活なものですから、家内には私だけ肉をやめるように頼んだのですが、家内は一緒にやめることに付き合ってくれることになりました。

野菜を中心の生活を始めて気づいたことは、調理にとっても手間と時間がかかるということでした。

毎日が野菜のみのなかで、カレーライスや野菜のみマーボ豆腐、冷やし中華などがとてもおいしかったことを覚えています。

旅行をするのにも肉、魚なしですから、宿は精進料理の宿等に泊まりました。

2年ほどそんな生活を続けました。

そのおかげで繰り返していた痛風が出なくなり、体重が80kgから70kgまで減りました。何となく体の中が変わったのを感じました。

ある日人間ドックを受けたとき栄養失調を指摘されてしまいました。

そこで夫婦で話し合って、量は少なくして魚と鶏肉は食べようということにしました。豚、牛の四つ足動物は食べないことにしています。

根拠は、なるべく進化の過程で遠くのものほど体に影響が少ないということから。

14年たった今でも4つ足は食べない生活を続けています。

体重は67kg、体の中がとってもすっきりした感じがしています。

おかげさまで痛風ともすっかり縁を切ることができました。

天風教義ならではの教えでした。


3番目は、体温についてです。

天風教義の中には無い話ですが、最近の医学では、免疫力と体温の関係についてよく取り上げられています。

体温が36.5℃から37.1℃が一番免疫力が機能する体温だそうです。

体温を高めるための方法は、筋肉をつけることだそうです。

そして入浴も有効だそうです。

私の50代の生活は、デスクワークが主体の生活で朝から夜遅くまで、書類と向き合う生活で、筋力トレーニングなどということは全く考えませんでした。

肉食主体なものですから脂肪ばかりが増えて、筋肉は衰えるばかり、

おまけに太っているものですから入浴は大の苦手、湯船につかるのはほんの30秒程度という生活でした。

天風教義の統一式運動法は裏筋肉を鍛える体操です。

日頃使っていない筋肉を鍛えることで表の筋肉の衰えも抑えることができるわけです。バランスの良い姿勢、老けないからだ。

なぜ体操が大事なのか考えさせられました。よく言われるのが生活の前に生存を確保することが重要であるといわれます。

その大事さが込められています。

今では毎朝の朝礼を近くの公園で行い、統一式運動法も欠かさず行っています。

そして、ウォーキングを1時間。

そして入浴、大事さを知らされてから毎日10分は湯船につかるようになりました。湯船に浸り、自分の好きな誦句を順番に唱えていきます。

甦りの誦句、誓いの言葉、思考作用の誦句、人間本質自覚の誦句、言葉の誦句、大偈の辞、運命の誦句、自我本質の自覚、心の鍛錬、力の誦句

を唱えると丁度  10分です。

これをやることで夜の眠りもすっと入れるようになりました。

おかげで体温は36.5℃を維持できています。


4番目が深呼吸です。

呼吸の大事さなどは、これまでに考えたこともありませんでした。

普通の生活をしている時、人の肺は全体の1/6程度しか使わないそうです。

運動したり、深呼吸をすれば全体の肺を使うことになるのでしょうが、呼吸を意識しないと、肺の大部分は使われていないことになります。

するとどうなるかというと、停滞している部分の空気は入れ替わりませんから淀んだ状態が続くことになるわけです。

病は停滞している部分から始まるとも言われています。

当時の私は、そんなことは全く考えなかったものですから、朝から出社すると夜中までデスクワークのみ。

休日をとるのも忘れて働いていたように思います。

肺がんと言われて改めて、そうか呼吸など意識したことがなかったと気づいた次第でした。

天風教義のなかで深呼吸の重要さを教えられ、世の中で言っている運動の大事さに改めて気づかされました。

それ以来、毎朝起きるとまずプラナヤマ法です。家内と一日のはじめとして呼吸操練をやっています。

そして日々の生活の中に、プラナヤマの呼吸法を取り入れています。

ふと休憩時間が取れた時、プラナヤマ法をやります。

また、夜入浴前に外に出て、プラナヤマ法を行い、風呂に入って取り込んだ活力を全身に巡らせるように心がけています。

また、寝がけの安生打坐のまえに、一日に感謝をしてプラナヤマ法を行い、それからしばしの安生打坐を行っています。

そのあとにはもう習慣となった観念要素の更改を入念におこない、布団に入るようにしています。

本当に天に心と体を預けるような気持となって寝ることができています。



5番目が心の持ち方についてです。

多く言うまでもなく、この5番目が一番大事であることは言うまでもありません。

最初に私が説明したように心の立て直しができたから、今生きていられるのだと実感しております。

あのまま腫瘍マーカ値の虜になってしまっていたらおそらく今は生きられていないと思うのです。

観念要素の更改で「お前病を気にしなくなる」をやってもやっても、気になっているとき、ふと気づいたのが、積極観念養成法の中の内省検討でした。

やっぱり気になってはいるけれど、気にしないときもあるなと気づいたのは内省検討でした。

あーそうだ、この教えは一つだけではなく複合して使ってこそ効果があるのだと改めて気づかされました。

ある程度、潜在意識が積極化されたあと、特に意識してやったのが暗示の分析と苦労厳禁でした。

怖いもの見たさではないですが、マーカ値が高くなったらどうしようではなくそうした暗示が入り込まないように気を付けました。

苦労にしても、取越し苦労が潜在意識にどれだけ悪い影響を及ぼすのか実感していただけに意識して避けていきました。

入れなくてもよいショック、衝動に対してはクンバハカ、悪いものが入ってしまったらプラナヤマと、日常生活の中におりこむようにしていきました。

潜在意識がそして感応性能が積極化することがこんなに大きいものだと実感したのは、半年一度のマーカ値チェックでも、受けていて虚心平気で

いられるようになったことでした。

天風先生が作り上げた教義の意味を本当に実感できたときでした。

上の5点(睡眠、食生活、体温、深呼吸、心)について、日常生活のなかに完全に習慣化させることで、体と心については天にゆだねて,

体や心に囚われないで活きていこうと思いました。

これからを自己本体に宿る霊魂と、永遠の命と向き合って生こうと考えました。

   これまでが、肺がんを体験して、こうして生きていこうと確立できた人生観です。